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Interview

W3Cの、中の人

美しい夢だけのためではなく。

――W3Cディレクター・吉澤直美さん

StudioのオフィスでW3Cディレクター吉澤さんと、Studio, Inc.のエンジニアマネージャーの中神の2人が映る

2025年、StudioはWeb技術の標準化を行う国際団体「W3C(World Wide Web Consortium」)に参加しました。会員メンバーは、W3Cが各地各国で主催するイベントに参加し、標準化に関する議論や情報共有の場に参加できるようになります。

歴史ある大企業からStudioのようなスタートアップ、公共機関や非営利団体など多岐にわたるメンバーが活動するなかで、いつも自然に人と人をつなぎ、場を整えてくださる存在がいます。W3C Japan ディレクターであり、Global Member Relations を務める吉澤直美さんです。

テキパキと物事を整理し、気配りを欠かさず、W3Cメンバーの活動を支える吉澤さん。その仕事は表に出にくいものですが、確実に場の空気をつくっています。

今回は、そんな「中の人」としての吉澤さんに、W3Cという組織のこと、そしてご自身がどんな気持ちでこの仕事に向き合ってきたのかを伺いました。聞き手は、Studio エンジニアマネージャーの中神です。

偶然から始まった、W3Cとの関わり

中神:先日はW3Cの日本会議に参加させていただき、ありがとうございました。あの場でも感じたのですが、吉澤さんが皆さんの間を自然につないでいらっしゃるのがとても印象的でした。

僕たちからすると、村井純先生をはじめ、メーカーや企業の先輩方も多く、正直どう話しかけたらいいのか迷う場面もあります。

そのなかで吉澤さんが、W3Cの Global Member Relations として、また W3C Japan のディレクターとして、メンバー同士をつなぎ、必要なことを伝え、励ましてくださっている。とても心強い存在だと感じています。

今日はW3Cのことはもちろんですが、吉澤さんご自身がこの仕事をどう捉えてこられたのかも伺いたいと思っています。

そもそも、W3Cに入られたきっかけは何だったのでしょうか。

吉澤:あの‥‥期待されていたら本当に申し訳ないのですが、私の場合は、ほとんど偶然なんです。

大学に勤めていたときに「W3Cの事務局員を探している」というお話があり、ご縁があって入ることになりました。

なので、当時はW3Cが何をしている組織なのか、ほとんど知りませんでした。

Studioオフィスで中神と話をする吉澤さん

中神:そうだったんですね。まったく知らないところから。

吉澤:はい。新卒ではメーカーに入社して、通信機器を扱う会社で働いていました。技術の専門家ではなく、営業やマーケティングの仕事をしていました。

その後、結婚と出産を経て、少し時間に余裕ができたタイミングで大学のお話をいただき、研究室で事務的なお手伝いをするようになったんです。

W3Cの事務局に入った当初は、Webとインターネットの違いも、正直よくわかっていませんでした。わからないことは、大学の同僚や先生方に聞きながら学んでいきました。

いま振り返ると、本当に良いご縁をいただいたと思っています。

中神:いろいろな偶然やタイミングが重なって、現在につながっているんですね。

でも、いまのお仕事ぶりを見ていると、人と人をつなぐことや、場を整えることに向き合う姿勢から、現在の役割が形づくられてきたようにも感じます。

吉澤:どうでしょうね。役割として期待されていることはありますが、私自身は、さまざまな方をつないで、形にして、それを必要な人に届ける。

ただ、それを続けてきただけなんだと思います。

W3Cが謳う「For Humanity」とは

中神:先日もメンバーの方々とご挨拶をしましたが、本当に多様な分野の方が集まっていますよね。出版業界の方、EPUBの仕様策定に関わってきた方、そして最近では僕たちのような新しい会社も加わっている。

そうした多様な人たちが集まるなかで「こういう雰囲気をつくりたい」といった意識はあるのでしょうか。

吉澤さんと対面して身振り手振りをして会話をする中神

吉澤:メンバーの皆さんに、こうなってほしい、という理想像は特にありません。

大切にしているのは、その方、その組織がW3Cに何を求めているのか。それを受け止めて、必要なものを提供することです。

中神:W3Cの組織、いわゆる「中の人」は、どんな雰囲気なんでしょうか。

吉澤:W3Cのスタッフは、世界中でおよそ60人ほどいます。ヨーロッパに拠点を置く人も多く、背景もさまざまです。

最近、W3Cでよく共有されている言葉に「For Humanity」というものがあります。意見や文化が違っても、Webを人類のためのものにする、という方向性は共通しています。

中神:いい言葉ですね。

吉澤:少し大きな話ではありますが。

中神:でも、大切なことですね。Studioも小さな組織ですが、グローバルを意識してサービスをつくろう、という話をCTOの諸田とよくしています。ただ「グローバル」と一言で言っても、向き先はいろいろありますよね。

IT業界では、どうしてもアメリカ西海岸を基準に考えがちですが、Web標準は本来、世界全体の話です。Studioにはフォントのエンジニアリングを得意とする鈴木というエンジニアがいるのですが、彼はいまW3CのWeb Fonts WG(Working Group)に参加しています。日本語フォントのようなアジアならではの文脈から、標準化策定の役に立てたらいいなと思っています。

それがすぐにビジネスになるのか、あるいは「人類のため」になるのかは、まだわかりませんが。

吉澤:とても大事な視点だと思います。

遠慮せず、図々しく。次のW3Cをつくっていくために

吉澤:W3Cでは「For Humanity」や「One Web」といった言葉を掲げている一方で、正直に言えば、美しい夢だけでは、誰も会員としてお金を出しません。

中神:たしかに、そこは現実ですね。

吉澤:企業がW3Cに参加する理由には、必ずそれぞれのビジネスがあります。それと理想を、どう両立させるか。私はずっと「会員の皆さんは、美しい夢だけのために参加しているわけではない」と言い続けています。

なかには、メンバーになっているだけで十分、という考え方もあるかもしれません。でも私にとって会員のメリットがあってこそだと考えているので、そこは戦っています。

Studioオフィスで中神と話をする吉澤さん

中神:そうか、吉澤さんも戦っている。

吉澤:会員の方々がいなければ、W3Cは成り立ちません。だからこそ、理想と同時に、会員それぞれのビジネスをどう支えるかを考え続ける必要があります。

W3Cで働いて15年になりますが、15年前の私は、いまほど割り切れていなかったと思います。いわゆる「大阪のおばちゃん」的な気質も、当時はまだ出せていませんでした。

中神:大阪のおばちゃん、ですか。

吉澤:はい。本来の自分にそういう気質がなくても、そう振る舞わなければ仕事が進まない場面もあります。

2019年に Global Member Relations を担当するようになってからは、特にその意識が強くなりました。日本ではメンバー同士が集まりやすいのですが、海外ではなかなかそうもいきません。

それでも「集まりたい」「つながりたい」という声が出てきた。だったら、その関係性をきちんと支えよう。そう思って、Member Relations に力を入れてきました。

中神:WGに参加しているメンバーからも、世界トップクラスのエンジニアと同じ場で議論できることが刺激になる、という話をよく聞きます。

僕たちも「それなら実装できるし、Studioでユーザーが試せますよ」と言える立場でいたい。そう思うと、自然と背筋が伸びます。

吉澤:Studioはプロダクトとしてとても魅力的です。日本の中だけで完結するのは、もったいない。ぜひW3Cを通じて、グローバルに発信していってほしいと思います。

海外と比べると、日本はまだ野心を持ってW3Cに参加する企業が少ないように感じています。

中神:そう感じられますか。

吉澤:海外では「自分たちの技術を世界標準にする」という意識が、もっと当たり前にあります。

一方で、若い世代ほど標準化そのものに興味を持たないケースも増えています。自分のやりたいことをやる、という姿勢は素晴らしいですが、標準化には宝の山がある。どうすれば、そこに参加してもらえるのか。それはいまも悩んでいるところです。

中神:たしかに、簡単ではないですね。

吉澤:だからこそ、Studioさんのような若い会社のエンジニアの方々に、ぜひ積極的に参加してほしいと思っています。遠慮せず、図々しく。

中神:大阪のおばちゃん気質で。

吉澤:そうです。2025年のTPAC(W3Cの年次会議)では、Studioの磯野さんがハッカソンで優勝されましたよね。ああいう若い世代が、次のW3Cをつくっていく。私はそう思っています。

発言を待つのではなく、自分から場に入っていく。その姿勢を、これからも期待しています。

中神:ありがとうございます。大企業の方々の中で恐縮しつつですが、少しずつでも存在感を出していけたらと思います。

インタビュー終了後に集合写真を取る吉澤さんと中神の2人

吉澤さんにお話を聞いて、W3Cを「理想を語る場所」として見ていた自分の視点が、少し変わった気がしました。
理想だけでは続かない。でも、現実だけを見ていても広がらない。
その間に立って場を成立させる仕事が、確かにある。
吉澤さんの姿を見ていて、そのことを実感しました。
Studioは引き続き、W3Cメンバーとして活動していきます。

吉澤 直美(よしざわ なおみ)
W3C Global Member Relations ディレクター
W3C Japan ディレクター

中神 太郎(なかがみ たろう)
Studio, Inc. エンジニアマネージャー

撮影
Takahisa Yamashita

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